当校のプログラムの第2ステップにあたるAnglia Ruskin University(ARU)のMBA課程では、「Action Research Project」と題された論文に準じる提出物が課されます。「論文に準じる」というのは、この課題が通常の論文のように100%作成者独自の着想によって作成されるものではなく、ARUより一定のテーマが設定されたり、作成過程における制約が設けられたりするものであるためです。
世界のMBAプログラムには、修了要件としてこういった修士論文やそれに準じる提出物が課されるものと、論文の類の提出物が必要ないものの2種類が存在します。ここでは当校以外のMBAプログラムにおける論文提出の要否や、MBAプログラムに論文が含まれていることの意義について詳しくご説明します。
各MBAプログラムの修了要件における論文の要否
以下は「オンライン MBA」のキーワード検索で上位表示される日本国内に学習拠点を置く6校のビジネススクールと当校の、修了要件における「論文(あるいはそれに準じる提出物)」の要否についてまとめた表となります。
教育機関 | 本部の所在国 | 論文の要否 |
---|---|---|
N | 日本 | 要 |
G | 日本 | 不要 |
S | 日本 | 不要 |
M | 米国 | 不要 |
B | 豪州 | ※要 |
W | 英国 | 要 |
当校 | 英国 | 要 |
※当校と他の教育機関との比較は以下の記事でも行っておりますので、ぜひご覧ください。
日本国内おいて、論文の要否はビジネススクールによって割れているようです。この表の中では少数派ですが、N以外にも修了要件に論文を必須としている日本のビジネススクールは複数存在しています。
海外MBAの場合、論文の要否は大別して米国系か英国系かで分かれているといえます。
まず米国の大学・大学院では、修了要件において「必要単位数の取得」を大前提としています。成績評価においても授業の履修自体や授業への貢献度、課題やプレゼンテーションの出来が大きく問われますので、「授業至上主義」とも言えるのがアメリカのMBA教育の特徴と言えるかと思います。
一方で英国の大学・大学院の場合、MBAに限らずほぼすべての高等教育のプログラムで、必要単位の取得に加えて論文やあるいはそれに準じる提出物が課されます。これは歴史的に英国の高等教育において学術論文が重視されてきたことによるものです。よって豪州のような英連邦の加盟国や旧植民地の多くの国々でも、英国式の高等教育システムを引き継いでいるため、修了要件として論文を要するケースが多いようです。
修了要件に論文があることの意義
論文を書くためには、自分でテーマ・仮説を設定し、データを収集したうえで統計的な手法をもって分析し、論理的に検証して結論付ける、というプロセスが必要となります。わかりやすくフローを示すと以下のようになります。
【論文作成のプロセス】
いかがでしょうか?この論文作成のプロセスは実際のビジネスの現場で要求されるビジネスプラン策定のフローとほとんど変わりないことがお分かりいただけるかと思います。
ビジネスにおける自らの意思決定に説得力を持たせるためには、過去の経験則や感覚によらず、合理的・論理的、かつ客観的に表現することが必要ですが、これは組織の管理職者にとって欠かすことのできない重要なスキルといえます。論文を作成するためのプロセスは、まさにこのスキルを養うために必要不可欠なものなのです。
当然ながら、アメリカのMBAプログラムが重視するケーススタディやグループディスカッションによってもこれらの能力は養われます。一方でイギリスのMBAプログラムでケーススタディやグループディスカッションを重視しないかと言えば全くそういうことはありません。当校でもほとんどの課目においてこれらの要素を授業に取り入れています。
ただし、論文という形でアウトプットすることは、授業時における一時的な実践にはとどまらず、より深いデータや情報の収集・整理と論理的な思考が必要になるため、授業で学んだ理論やフレームワークを自身の能力として定着させるために非常に役立ちます。これは修了要件に論文が課されることの大きなメリットということができるでしょう。
低迷する日本の論文数と被引用論文数
本ウェブサイトでも取り上げる機会の多いTimes Higher Education(THE)の世界大学ランキングやそのほかの大学ランキングにおいて、各大学で発表される論文数や、その論文の被引用数は主要な評価指標の1つとなっています。近年、主な大学ランキングにおいて日本の大学のランキングは総じて下落傾向にありますが、その理由の1つとして挙げられるのがこの論文数と被引用論文数の伸び悩みです。
これは自然科学系論文のデータとなってしまいますが、1990年代にアメリカに次いで世界2位の論文数を誇っていた日本は、2000年代から徐々に順位を落とし、最新の2017~2019年の統計では5位(1位:中国、2位:アメリカ、3位:英国、4位:ドイツ)まで順位を落としています。
また論文数の増加率に関していえば、2017~2019年の統計で1位の中国が1997~1999年と比較し約18倍も増加しているにも関わらず、日本は約1.2倍しか増加していません。さらに論文がほかの研究者の論文に引用されたことを表す指標において、日本の順位はさらに順位を落としてしまっています(「Top10%補正論文数」の比較において、1997~1999年:4位→2017~2019年:11位)。これは日本で出される論文の国際的な影響力が低下していることを示しています。
※参照
「科学技術指標2021 統計集 P.190」科学技術・学術制作研究所
その国の論文数や被引用論文数はノーベル賞受賞者数とも相関があるといわれており、この状況が続くと将来的には日本からノーベル賞受賞者が輩出されなくなってしまうのではないかとも懸念されています。
MBA論文は社会学系論文であり、一概に自然科学系論文と同様であると断言はできませんが、「日本は世界の先進国のなかで最も勉強しない国」であるという現状がある限りは、社会人が受講対象であるMBA論文においても、自然科学系論文と大差ない状況であろうことは想像に難くありません。
まとめに
アメリカに留学しMBAを取得した方々の中には、「授業貢献度が重視されるために膨大な量の予習復習が欠かせず、日々の授業に付いていくのが精いっぱいだった」「いざ取得したのちにビジネスの現場でフレームワークを使おうと思ってもなかなか思い出せなくて苦労した」とおっしゃる方も少なくありません。
せっかくMBAを取得したとしても、その過程で得た学識を実際のビジネスの現場で活用し、結果を出せなくては全く意味がありません。MBAほど取得後の結果(実際のビジネスにおける成果)が問われる学位はないということを理解しておく必要があるでしょう。
論文を作成するプロセスは、授業で学習した理論やフレームワークを自身の中で反芻しつつ整理し、それを自らの能力として昇華させるために重要な役割を果たします。MBA取得によって得た学識を実際のビジネスに活用するために、このプロセスを経ることによって得られるメリットは非常に大きいと言うことができるでしょう。